西大畑・旭町とは…湊町新潟市の海岸沿い、近代に開発された砂丘地周辺。お屋敷、別荘、レトロな洋館、学校、さまざまな文化施設が点在する坂の町です。

西大畑、旭町について

石川九楊展 書の意味を、歴史を、苦を、愉を、現在を、問い続けるひと

私は思う、現在、書にかかわる者は、将に書にかかわることを耻辱とし、その耻辱を拠所として、それを克服する方向を追求しつつ、書作しなければならない、と。

 

2022年2月16日(水)~3月27日(日)

9時~19時(3月は21時まで)

休館日 月曜日(2月21日は開館)、2月24日、3月22日

観覧無料

 

主催:認定特定非営利活動法人新潟絵屋

共催:新潟絵屋・新潟ビルサービス特定共同企業体(砂丘館指定管理者)

協賛:八海醸造株式会社、名古屋画廊、雪国あられ株式会社、NSGグループ、株式会社イシカワ、株式会社新潟ビルサービス、丸屋本店、株式会社藤田金属、新潟市・民映画館 シネ・ウインド、郷土の文化に親しむ会

協力:NSG美術館

助成:朝日新聞文化財団、花王芸術・科学財団

 

受苦と琥珀

大倉宏

二〇一九年の名古屋の古川美術館で石川九楊の書をはじめて目にして、ふしぎな衝撃を受けた。それらが書、言葉を書いたものであるというのも確かに意外だったけれど、全体を見終えたあとに残った印象が消えないしみのように記憶にくいこんでくる感じに胸をつかれた。

名古屋画廊の中山真一氏の紹介で東京でお会いしたのがその一年後。その折にいただいた新著『河東碧悟桐―表現の永続革命』にまた痛打された。正岡子規との出会いという原点を生きるため俳句の表現を更新しつづけた河東の人生がその書とひとつだったという事実を差しだされて、足許が揺れ、自分の書く字(書)が変わってしまうという体験をした。

翌春、砂丘館を直接見てもらい、ギャラリー(蔵)に二〇〇〇年代の自身の言葉を書いた作品に李賀の詩を加え展示することに決まったのが秋だった。その間膨大な著書から一冊、一冊と読んでいた。多くを読めなかったのは、書についての私の基礎教養の不足に加え、そこに埋まっている剣に絶えず切られながらの読書だったからだ。夢で男に追われ銃で撃たれそうになったが、男は石川だと思った。

最新著『思想をよむ、人をよむ、時代をよむ。書ほどやさしいものはない』を読んでほどなく、新潟のある旧家の書架にあったという石川のぶ厚い作品集を知人が届けてくれた。一九八七年刊行のその本の巻末には吉本隆明、八木俊樹の石川論と石川自身の書論の一〇一の「断章」が載っている。「芸術は何よりも政治と闘わなければならない、あるいは政治が芸術化しなければならないのに対して、現在では、芸術が政治に従属しているという厳然たる事実がある以上、ましてなおさらのことである」「国家=政治と衝突することのない芸術は真の芸術ではない」「私は思う、現在、書にかかわる者は、将に書にかかわることを耻辱とし、その耻辱を拠所として、それを克服する方向を追求しつつ、書作しなければならない、と」などの少しあとに「伝統芸術の運動とは、前近代への回帰的陰謀を乗り越える闘いであると同時に、近代化を乗り越える闘いでもある、いわば永続革命なのだ」があった。一九七〇年のこの言葉が半世紀後、河東碧梧桐伝の副題となったことに気づいたとき、二十五歳の石川が自らを打ち込んだその位置にい続けることによって河東というもう一人の自分に会えたのだということを知った。

その瞬間、浮かんだのが受苦ということだった。古川美術館の消えない印象は、受苦だったのだ。新潟という東京(近・現代)文化の植民地に住処を決めて、その町が崩壊するにまかせてきた古い木造の家で今の表現を紹介することを続けてきた私の受苦があのとき石川の書に照らされていた。

古川美術館のあとに見た爲三郎記念館(一九三四年建築の古川爲三郎の数奇屋造りの旧宅)での展示では、石川の違う面を体験した。書は音楽と同じ時間芸術だと石川は書いている。眺め、なかに入り、部屋をめぐり、そこに佇むことのできる家=建築もそうだろう。八五年前の木の家で見た石川の書は楽しかった。古今のさまざまな書の「十」から人を、時代を読んでいく石川の言葉に、生まれながらの書を読む(聴く)こと好きを感じる。碧梧桐がそうだったようにこの好・愉の感情こそが言葉を書くという受苦の場所に石川を不動たらしめてきたのだろう。

二〇〇〇年代の書は一部をのぞき、現代を撃ち、斬る石川自身の言葉が書かれている。日本語の一源流である中国の文字・書は誕生時から政治と不可分だった(あるいは政治そのものだった)し、書家として知られる人々の多くは中国でも日本でも時代と切りむすぶ人生を生きたことを石川の著書に改めて教えられた。歴史に置いてみるならまっとうな書である。古い書と同じように同時代のこの書もやはり読めない―と思いながらふしぎなざわめきに揺れる線の森に目を沈めるとふっと言葉が見える、聞こえる、というはじめての経験に愉しい興奮を感じた。書はおもしろい。

二〇一〇年代以降石川は新潟の酒八海山のラベルの書を書いている。どれも魅力的だが、ことに浩和蔵仕込み純米大吟醸の八海山は、そびえたつ山から濃い酒が滴ってくるようだ。傑作「李賀詩将進酒」のように石川九楊が受苦の底に見出した琥珀がゆれている。

(砂丘館館長)

二〇〇一年九月十一日晴垂直線と水平線の物語Ⅰ(上) 2002年 95×60cm 墨、紙

領土問題 2013年 60×95cm 墨、紙

 

関連企画

石川九楊 講演会「良寛の書の魅力」

 

2022年3月14日(木)14時~15時半

会場 新潟市市民プラザ( 新潟市中央区西堀通866NEXT21・6F)

参加料1500円 定員100名

申し込み 砂丘館(電話・ファックス025-222-2676 メールyoyaku@bz04.plala.or.jp)*ファックス、メールの場合はお名前、人数、連絡先(電話番号)を併記してください。

申し込み受付開始2月9日(水)

*参加の際はマスクの常時着用をお願いいたします。当日は検温を実施させていただきます。

 

同時期開催

石川九楊展

1 2月16日(水)~27日(日)

2 3月16日(水)~29日(水)

11時~18時(各最終日は17時まで)

新潟絵屋 新潟市中央区上大川前通10-1864

主催 認定特定非営利活動法人新潟絵屋

 

 

石川九楊(いしかわ きゅうよう)

書家・評論家。京都精華大学教授・同文字文明研究所所長を経て現在、同大学名誉教授。昭和20(1945)年、福井県今立町に生まれ武生市(現・越前市)で育つ。県立藤島高校を経て京都大学法学部に入学。進学にあたり、書の師・垣内楊石より九頭竜川にちなみ「九楊」の名を与えられる。昭和42(1967)年、京都大学卒業後、三洋化成株式会社(京都市)入社。同53(1978)年、十一年間の会社員生活に終止符を打ち書家として独立。以来、作品制作と執筆活動に専念、いずれの分野でも最前線の世界大の表現と論考を続け、現在まで書作品1000点、著作100冊以上を世に送り出した。主な展覧会に「書だ!石川九楊展」(上野の森美術館 2017年)「石川九楊展」(古川美術館・為三郎記念館 二2019年)「ドローイングの可能性」(東京都現代美術館 2020年)「石川九楊の世界 書という文学への旅」(福井県ふるさと文学館 2020-21年)など。

 

主な著作

『書の終焉』1990年 同朋舎出版 サントリー学芸賞

『筆蝕の構造 書くことの現象学』1992年 筑摩書房

『日本書史』2002年 名古屋大学出版会 毎日出版文化賞

『近代書史』2009年 名古屋大学出版会 大佛次郎賞

『石川九楊著作集』2016-17年 ミネルヴァ書房

『河東碧梧桐―表現の永続革命』2019年 文藝春秋

『石川九楊自伝図録』2019年 左右社

『俳句の臨界―碧梧桐一〇九句選』2022 左右社