優美で、優雅な、美しい、粗っぽさ マドハット・カケイ展【終了しました】
土と湿った空気と
マドハット・カケイは新潟絵屋で過去3回(2002,07,13年)個展をし、2002年と2012年に新潟に来ている。「1954年イラクのキルクーク生まれ。バグダッドとマドリードの美術学校に学ぶ。イラン・イラク戦争の最中、軍から山岳地帯に逃れ、のちスウェーデンに滞在し、同国市民権を獲得」というのがその時の案内状に書いた彼の経歴で(一部修正した)、かなり長期に彼と時を過ごしたにもかかわらず、私が彼の数奇と言ってもいいであろう過去について知っているのは今もそれ以上ではない。イランについても、イラクについても、クルドの人々についても、私が持っているのは初歩的ですらない知識程度だから、質問が浮かばないということもあったし、彼自身も過去の経験を、そんな私に積極的には話したがらないふうでもあった。その私が彼の展示を企画したのは、やはり絵が魅力的だったからだ。
彼の初期の木版画「クルディスタン」を時々砂丘館に飾りながら、彼がいつか映像で見せてくれた、そして近年の彼がフェイスブックでしばしば写真や動画を紹介している、乾いた空気と白っぽいベージュ色の土で覆われた土地をぼんやり想像したりする。
ストックホルムのマドハットから、新潟でいつ自分の展示をするのかと、去年問い合わせがあった。マドハットは1986年に初めて日本に来て千葉市の一角に仕事場兼住まいを得て、制作をし、その間に洲之内徹、針生一郎などの美術評論家と出会い、洲之内の「きまぐれ美術館」でモハメッド・M・アリという以前の名で紹介されたこともある。その千葉に、今も襖に描いた絵がたくさん置いてあるという話を以前聞き、ぜひ新潟で並べてみたいと私が言ったのを覚えていたのだった。
2000年代になってからの、いろんな色を厚く重ねながらも、その最上層一色だけに塗られた壁のような画面に変化する以前の彼の絵は、なんとも優美で、粗っぽい太い線や細い線、そして鮮やかな中間色ともいうべき美しい色を使い、主に女たちを要のモチーフにした、木版画的なモノクロームの世界と彩色画の世界が併存するような独特の画面で、体をくすぐる香りに似た魅力を放っていた。私の知らない乾いたクルディスタンの土と、竹林に囲まれた彼の千葉の家の湿潤な空気が、混ざり合ったようなそれらの絵は、何度見ても、やはりはっとさせられる。
見るもの、聞くもの、味わうものすべてにカケイが示す反応も、恐ろしいほど率直で、フーテンの寅さんのような愛嬌があって、笑いと、微笑みと、緊張を感じさせる。以前の絵にも、今の壁のような絵にも、彼の人間とこれまでの人生の時間が反映し、明滅しているのは確かだ。
言葉では詳しく聞けないことを、私は、そんな絵たちから聞いていたのかも知れない。
大倉宏(砂丘館館長)
ギャラリートーク
9月9日(土)14時~15時半
マドハット・カケイ
通訳 藤原祥(画家・友人)
聞き手 大倉宏(砂丘館館長)
参加料 500円
定員 30名
申込不要 直接会場へ